被相続人名義の預金が勝手に引き出されていた場合の対処方法

遺産相続に関するご相談を受けた際によくある問題として、「被相続人と同居していた相続人の1人が被相続人名義の預金を勝手に引き出して使い込んだ。」というものがあります。

この預金の使い込みの事実が発覚した場合、相続人間における感情的なもつれが激化してしまうため、遺産分割の解決が困難になることがあります。

今回は、被相続人名義の預金が勝手に引き出されていた場合の問題についてまとめてみたいと思います。

遺産分割とは何か

民法898条は

相続人が数人あるときは、相続財産は、その共有に属する。

と規定しています。

これを「遺産共有」といいます。

この共有状態から、個々の相続財産の権利者を確定させる手続が遺産分割です。

例えば、被相続人の相続財産が不動産と預金であったという場合、被相続人が死亡した時点では、不動産も預金も共同相続人による共有となりますが、共同相続人の1人が不動産を単独所有とし、他の共同相続人が預金を単独所有とするのが遺産分割ということです。

遺産分割の対象となる遺産とは

この遺産分割の対象となる遺産とは、相続開始時に存在し、かつ、分割時にも存在する財産です。

相続開始時に存在

「相続開始時に存在」するというのは、被相続人が死亡した時の財産が遺産分割の対象となるということを意味します。

例えば、被相続人と同居していた共同相続人の1人が被相続人が死亡する前に被相続人名義の預貯金を引き出していた場合、被相続人が死亡した時点での預金残高は減少していることになります。

この場合、遺産分割の対象となるのは、引き出された金額を含めた預金残高ではなく、あくまでも被相続人が死亡した時点での預金残高となります。

分割時にも存在

また、相続開始時に存在した遺産が分割時に存在しない場合にも、遺産分割の対象とはなりません。

例えば、被相続人が死亡した後で、同居していた共同相続人の1人が、金融機関に対して被相続人が死亡した事実を告げないまま、被相続人名義の預貯金を引き出していた場合、被相続人の預金残高が減少することになります。

この場合の遺産分割の対象となる財産は、あくまでも分割時における預金残高であるということになります。

相続開始前に引き出された預金に関する法律上の権利の意味

では、被相続人が死亡する前に預金が引き出された場合には、どのような問題があるでしょうか。

まず、預金が引き出された時点では被相続人は生存しているわけですから、預金の権利者は被相続人本人です。

共同相続人が被相続人の同意を得ることなく勝手に引き出したという場合、被相続人は共同相続人に対して「そのお金を返せ」と請求することができます。

その法律上の根拠は、不当利得返還請求もしくは不法行為に基づく損害賠償請求ということになります。

被相続人が死亡した場合、共同相続人はこの不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権といった権利を相続することになります。

相続開始後に引き出された預金に関する法律上の権利の意味

これに対して、被相続人が死亡した後に預金が引き出されたという場合ですが、先ほどもいいましたように、被相続人が死亡した場合、その時点で被相続人の財産は共同相続人の共有に属することになります。

つまり、被相続人が死亡した時点で、預金の権利者は共同相続人となります。

その共有に属しているはずの預金を共同相続人の1人が引き出したわけですから、共同相続人としては「自分の共有持分に相当するお金を返せ」と請求することになります。

その法律上の根拠は、やはり不当利得返還請求もしくは不法行為に基づく損害賠償請求ということになります。

預金を引き出した共同相続人によるよくある反論

共同相続人のうちの1人による預金の引き出しが発覚した場合、他の共同相続人は当然にその預金を返還するように要求します。

この場合、預金を引き出した相続人による反論としてよくあるのが以下のようなものです。

相続開始前の引き出しの場合

被相続人から頼まれた

例えば、被相続人と同居している場合には、被相続人の身の回りの世話をする一環として、被相続人の財産を預金を含めて管理しているケースがあります。

そのため、被相続人から「○○に使うから、預金から10万円を引き出してきてくれと頼まれた」という理由で預金を引き出したと主張されることがあります。

つまり、被相続人に無断で引き出したのではなく、あくまでも頼まれたという主張です。

被相続人のために使った

被相続人と同居している場合には、被相続人の身の回りの世話をしていることがほとんどですので、例えば被相続人の食費や病院代など、被相続人のために使ったと主張されることがあります。

被相続人から許可をもらった

その他にも、被相続人の身の回りの世話をしていることからに対して、被相続人から感謝されており、そのお礼などの名目で預金からお金を下ろしてきてよいと許可をもらったという主張されるケースがあります。

相続開始後の引き出しの場合

被相続人の葬儀代に充てた

葬儀代は決して安いわけではありませんので、共同相続人の手元に十分なお金がなければ葬儀代を支払うことができないというケースもあります。

そのため、同居している相続人が被相続人の預金を引き出して、それを葬儀代に充てたと主張されるケースがあります。

被相続人の病院代に充てた

また、被相続人が死亡するまでに病院に入院していた場合などは、被相続人が死亡した後、病院から入院費や治療費などを請求されることがあります。

この場合、相続人の手元のお金では足りないという理由で、被相続人の預金を引き出して支払いに充てたと主張されるケースがあります。

解決のための手段

協議による解決

預金の引き出しという行為自体は認めているものの、その使途については上記のような主張をしているという場合には、その使途を実際に証明してもらう必要があります。

この場合、引き出しされた預金を被相続人自身が使っているケースや、被相続人死亡後の葬儀代・病院代などに充てたというケースであれば、その領収証などで確認することは可能です。

その場合には、他の共同相続人としても納得がしやすいでしょう。

しかし、「被相続人のために使った」や「被相続人の許可をもらっていた」という場合には、その根拠となる資料が残っているということはあまりありません。

このような場合には、協議による解決は難しいと考えられます。

遺産分割調停における解決

被相続人の遺産に関する分割協議が整わないという場合には、遺産分割調停で話し合いを行うことになります。

この場合、共同相続人全員の同意がある場合には、預金の引き出しに関してもあわせて遺産分割調停において解決するということも可能です。

具体的には、同居していた共同相続人の1人が被相続人の許可を得て預金を引き出して受領していたという場合、これを特別受益として考慮することで、他の共同相続人との実質的な公平を図るという方法です。

しかし、最初にもいったように、遺産分割の対象となるのは相続開始時に存在し、かつ、分割時にも存在している財産です。

その意味では、厳密にいうと、引き出された預金は分割時には存在していないわけですから、遺産分割の対象ではありません。

したがって、共同相続人のうちの1人が、引き出された預金について遺産分割調停により解決する意思がないという場合には、遺産分割調停による合意が得られず、遺産分割審判の対象にもならないため、家庭裁判所における解決はできないということになります。

民事訴訟による解決

協議による解決も遺産分割調停による解決もできないという場合、民事訴訟により解決するほかありません。

この場合の訴訟は、不当利得返還請求訴訟もしくは不法行為に基づく損害賠償請求訴訟ということになります。

この訴訟において、原告は、被告が被相続人に無断で被相続人名義の預金を引き出した事実を主張・立証する必要があります。

これに対して、被告は、「被相続人から頼まれて預金を引き出したこと」「被相続人のために使ったこと」「被相続人の許可を得て引き出したこと」などを主張・立証することになります。

このような原告・被告の主張・立証を踏まえて、裁判所が判決を言い渡すか、もしくは訴訟上の和解による解決を図ることになります。

最後に

以上が、被相続人名義の預金が勝手に引き出された場合の対処方法です。

預金の引き出しが発覚した時点で、遺産分割が難航することが予想されます。

実際に預金を引き出した相続人からすれば、何らかの事情があってのことでしょう。

しかし、他の共同相続人からすれば、被相続人名義の預金を引き出すという行為は、被相続人の遺産を独り占めしようとしたとしか受け止められません。

そのことがかえって遺産分割の問題解決を長期化・複雑化させることになりますし、紛争も家庭裁判所における遺産分割調停・審判だけでなく、民事訴訟の問題にもなってしまいます。

無用な争いごとを増やすだけなのです。

もしどうしても被相続人の預金を引き出さなければならない事情が発生したのであれば、被相続人自身からだけでなく、他の共同相続人に対しても事前に話をしておくことが必要だと思います。

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