交通事故の「着手金無料」は被害者にとって本当にお得か

交通事故の被害者が弁護士に保険会社との示談交渉や損害賠償請求訴訟を依頼する場合に、最も気になるのが

「弁護士に対して支払う金額はいくらなのか。」

だと思います。

もしあなたが弁護士費用特約を利用できるようであれば、弁護士にかかる費用はあなたが加入している保険会社が負担してくれるので、弁護士に対して支払う費用がどのくらいかかるのかということをそれほど気にする必要はないでしょう。

しかし、弁護士費用特約が利用できないという場合には、弁護士に対して支払う費用はすべて自己負担となってしまいます。

「弁護士に費用を支払ったために結果的には赤字になった。」

「弁護士に費用を支払ったために手元に残った金額がわずかになってしまった。」

ということになると

「弁護士に依頼しないで保険会社からの提示額で示談しておいた方がよかった。」

ということになりかねません。

したがって、交通事故の示談交渉や損害賠償請求訴訟を弁護士に依頼するか否かを決めるにあたって、弁護士に対してどのくらいの金額を支払うことになるのかについて関心を持つというのは当然のことです。

ところで、あなたが交通事故の処理をどの弁護士に依頼しようかと、いろいろな法律事務所のホームページを見ては

「この弁護士に依頼した場合にはどのくらいの費用がかかるのだろう。」

と確認されていると思います。

そして、多くの法律事務所では「着手金無料」と表記されているのをご覧になっていることでしょう。

「弁護士費用は安い方がいい」と考えるのは当然ですから、「着手金無料」と記載されていれば

「それはお得じゃないか。」

と感じたことでしょう。

しかし、同じ弁護士であっても「着手金無料」ではなく、別の基準で着手金の金額を決めているケースもあります。

では、「着手金無料」とすることとそれ以外のケースとでは、いったいどちらが被害者にとってメリットがあるといえるのでしょうか。

なお、私としては、交通事故の示談交渉などを弁護士に依頼する際には、「弁護士費用がいくらかかるか」で決めるのではなく、交通事故に対する知識や経験などの「弁護士の資質」も念頭に入れるべきだと思っています。

その理由は、以下の内容を読んでいただければ理解していただけるはずです。

着手金・成功報酬とは

着手金とは、特定の事案の処理を依頼した際に発生する弁護士費用です。

これに対して、成功報酬とは、事案の処理が終了した場合に、その結果に応じて定まる弁護士費用です。

弁護士に事件処理を依頼した場合には、依頼した際にお支払いいただく着手金と、事件処理が終了した段階でお支払いいただく成功報酬の二段階で費用をお支払いいただくことになります。

交通事故の依頼について「着手金無料」というのは、

弁護士に対して依頼する際に費用をお支払いいただく必要はない

ということを意味しています。

「着手金無料」という法律事務所が増えた理由

では、なぜ「着手金無料」という法律事務所が増えてきたのでしょうか。

それは、法律事務所ごとに報酬規程を定めることになったからです。

以前は「日本弁護士連合会報酬等基準」(以下では「旧規定」といいます。)というものが存在していました。

弁護士が着手金や成功報酬の金額を決める場合には、この旧規定によって計算することとされていました。

ところが、この旧規定が平成16年4月1日に弁護士法の改正に伴い廃止され、法律事務所ごとに「報酬規程」を作成することになりました。

この報酬規程を作成するにあたって、

「旧規定の基準と同じ内容で報酬規程を作成しよう」

という法律事務所がある中で

「これまでの基準を見直して、新たな基準で報酬規程を作成しよう」

という法律事務所が現れました。

そして、交通事故の被害者が弁護士に依頼しやすいように、着手金の金額をできるだけ低くしようという動きがあり、その究極的な方法として考え出されたのが「着手金無料」という方法です。

このような経緯で、交通事故の弁護士費用については、

「旧規定と同様の内容とする法律事務所」「着手金無料とする法律事務所」

に大別されるようになりました。

どのような場合でも「着手金無料」が可能なのか

このように見てみると、「着手金無料」とする方法は交通事故の被害者が弁護士に依頼しやすいという意味で大きなメリットがあるといえるでしょう。

しかし、「着手金無料」というのがどのような場合であっても常に可能であるとは限らないと思われます。

着手金を無料としていたとしても法律事務所としてやっていけると判断している根拠は、

加害者側の保険会社から損害賠償金が支払われることが確実であり、その中から弁護士費用を回収することができるから

であると考えられます。

端的に言うと、「弁護士報酬を取りっぱぐれることはない」と考えられるからにほかなりません。

そのため、例えば加害者が任意保険に加入していなかったり、自賠責保険にすら入っていない場合など、損害賠償金が確実に支払われるという保証がない場合には、弁護士費用を回収することもできないおそれがあります。

つまり、着手金無料として加害者との間で示談交渉を行ったり、損害賠償を求めて民事訴訟を提起し勝訴判決を受けたとしても、加害者から1円も支払われなかった場合には、完全なただ働きになりかねません。

したがって、そのような場合には、「着手金無料」とはならないか、もしくは依頼自体を断られてしまうケースがあると考えられます。

この点については「着手金無料」に該当する案件であるのかをあらかじめ確認する必要があると考えられます。

それぞれの報酬規程による着手金の計算方法

では、交通事故の事件処理を弁護士に依頼した場合、着手金はいくらかかるのでしょうか。

旧規定の場合と「着手金無料」の場合とを比較することにします。

旧規定の場合

交通事故の被害者が弁護士に損害賠償請求訴訟を依頼した場合の着手金は、旧規定では

事件の経済的利益の額が

  • 300万円以下の場合 8%
  • 300万円を超え3000万円以下の場合 5%+9万円
  • 3000万円を超え3億円以下の場合 3%+69万円
  • 3億円を超える場合 2%+369万円

とされていました(最低額は10万円)。

現在もこの旧規定と同じように着手金の金額を計算する法律事務所は多いと思います。

ただ、この旧規定でわかりにくいのは「経済的利益」という言葉の意味です。

経済的利益とは、弁護士に依頼することによって獲得・回復・維持しようとする金額や物の価値をいいます。

このように表現したとしてもどういう意味かはよくわからないと思います。

なぜなら、弁護士の中でも「経済的利益」の考え方が異なっているため、統一されていないからです。

例えば、交通事故の被害者に対して保険会社が提示した損害額が150万円であったのに対し、弁護士に依頼して損害賠償請求訴訟を提起するとした場合の損害額が450万円であったとします。

この場合、経済的利益を「請求額である450万円」であると考えると、弁護士に対する着手金は

450万円×5%+9万円=31万5000円

となります。

これに対し、経済的利益を「増額分である300万円」であると考えると、弁護士に対する着手金は

300万円×8%=24万円

となります。

このように、「経済的利益とは何か」ということをどのように考えるかによって、着手金の金額は異なることになります。

この点が、旧規定のわかりにくさということになるでしょう。

「着手金無料」の場合

報酬規程で「着手金無料」となっている場合には、

着手金の金額は当然0円

ということになります。

「経済的利益とは何か」など考える必要もなく、着手金は当然0円となりますので、そういう意味ではわかりやすいといえます。

ここまでを読むと、「着手金無料」のほうが圧倒的に得ではないかと思われることでしょう。

それぞれの報酬規程による成功報酬の計算方法

次に、交通事故の事件処理を弁護士に依頼した場合、成功報酬はいくらになるのでしょうか。

旧規定と「着手金無料」との場合を比較することにします。

旧規定の場合

旧規定によれば、成功報酬の金額は、

事件の経済的利益の額が

  • 300万円以下の場合 16%
  • 300万円を超え3000万円以下の場合 10%+18万円
  • 3000万円を超え3億円以下の場合 6%+138万円
  • 3億円を超える場合 4%+738万円

とされていました。

ここでも「経済的利益」という言葉の意味をどのように考えるかによって結論が異なることになります。

例えば、保険会社からの提示額が150万円であった場合に、請求額を450万円とする損害賠償請求訴訟を提起し、結果的に450万円の損害賠償金を受領したとします。

このとき、経済的利益を「受領額である450万円」であると考えると、成功報酬は

450万円×10%+18万円=63万円

となります。

これに対し、経済的利益を「増額分である300万円」であると考えると、成功報酬は

300万円×16%=48万円

となります。

着手金無料の場合

ホームページ上で「着手金無料」とされている場合に、報酬は

「20万円+受領額の10%」

もしくは

「20万円+増額分の20%」

とされています。

先ほどの例で、損害賠償金として450万円を受領した場合の成功報酬は、

20万円+450万円×10%=65万円

もしくは

20万円+300万円×20%=80万円

となります。

検討結果

以上の検討結果を表にまとめると、次のとおりとなります。

旧規定 着手金無料
着手金 経済的利益=「請求額」 経済的利益=「増額分」 0円
31万5000円 24万円
成功報酬 経済的利益=「請求額」 経済的利益=「増額分」 経済的利益=「請求額」 経済的利益=「増額分」 20万円
+受領額の10%
20万円
+増額分の20%
63万円 48万円 63万円 48万円 65万円 80万円
合計 94万5000円 79万5000円 87万円 72万円 65万円 80万円

旧規定の場合には、経済的利益の考え方によって

①着手金については「請求額」、成功報酬については「受領額」

②着手金については「請求額」、成功報酬については「増額分」

③着手金については「増額分」、成功報酬については「受領額」

④着手金については「増額分」、成功報酬については「増額分」

の4パターンが考えられることになります。

どのパターンに該当するかについては、各法律事務所の報酬規程により決められています。

他方で、「着手金無料」については2パターンしか考えられません。

以上の検討結果をごらんいただければわかるとおり、

「着手金無料」かつ「成功報酬は受領額の20%」の場合が弁護士に対して支払う費用の合計額が最も低い

ということになります。

示談交渉の場合には事情が異なる場合がある

ただし、旧規定には

「示談交渉の場合には、着手金・成功報酬の金額をそれぞれ3分の2に減額することができる。」

との定めがありました。

どういう意味か説明すると、先ほどの旧規定の場合では、

  • 経済的利益を請求額である450万円とした場合の着手金 31万5000円
  • 経済的利益を増額分である300万円であるとした場合の着手金 24万円

であるとしていました。

もっとも、これらの金額はあくまでも損害賠償請求訴訟の場合の着手金であって、示談交渉の場合には3分の2に減額することができます。

つまり、

  • 経済的利益を請求額である450万円とした場合の着手金 31万5000円×2/3=21万円
  • 経済的利益を増額分である300万円とした場合の着手金 24万円×2/3=16万円

に減額することができるとされていたわけです。

また、成功報酬についても、先ほどの例で、保険会社との示談交渉の結果、450万円全額を受領した場合には、

  • 経済的利益を受領額である450万円とした場合の成功報酬 63万円×2/3=42万円
  • 経済的利益を増額分である300万円とした場合の成功報酬 48万円×2/3=32万円

に減額することができるとされていました。

したがって、弁護士に依頼したのが保険会社との示談交渉であり、交渉の結果、示談が成立して示談金が支払われたことで解決した場合、着手金・成功報酬の金額をそれぞれ3分の2に減額されると次の表のようになります。

旧規定 着手金無料
着手金 経済的利益=「請求額」 経済的利益=「増額分」 0円
21万円 16万円
成功報酬 経済的利益=「受領額」 経済的利益=「増額分」 経済的利益=「受領額」 経済的利益=「増額分」 20万円
+受領額の10%
20万円
+増額分の20%
42万円 32万円 42万円 32万円 65万円 80万円
合計 63万円 53万円 58万円 48万円 65万円 80万円

この表をごらんいただければわかるように、

「着手金無料」とした場合のほうが弁護士費用の合計額が高くなる

という結果になります。

示談交渉が決裂した後に訴訟を提起した場合

では、これまでと同じ例で、保険会社からの提示額が150万円であったのに対し、弁護士が450万円の支払いを求めて示談交渉を行ったものの、交渉が決裂してしまったために損害賠償請求訴訟を提起し、その結果450万円の損害賠償金を受領した場合を想定してみます。

旧規定の場合

旧規定では、このような場合に

「示談交渉から訴訟事件を受任するときの着手金は、訴訟事件の場合の金額の2分の1とする」

との規定がありました。

どういう意味かというと、示談交渉と損害賠償請求訴訟とは別の依頼であると考え、それぞれの着手金を受領することができるのが原則です。

そうすると着手金としては、示談交渉の着手金と損害賠償請求訴訟の着手金を支払うことになりますので、金額的にみれば、旧規定による着手金×2を受領することができることになります。

しかし、これでは依頼者の負担が大きくなってしまいます。

そこで、示談交渉から訴訟事件を受任する場合に追加できる着手金の金額は2分の1までとされたわけです。

そうすると、これまでの例で、示談交渉の着手金として

  • 経済的利益を請求額である450万円とした場合 21万円
  • 経済的利益を増額分である300万円とした場合 16万円(いずれも3分の2に減額)

を受領して示談交渉をしたものの、交渉が決裂したために損害賠償請求訴訟を提起するという場合、追加の着手金は

  • 経済的利益を請求額である450万円であるとしている場合 31万5000円×1/2=15万7500円
  • 経済的利益を増額分である300万円とした場合 24万円×1/2=12万円

であるということになります。

着手金無料の場合

着手金無料の場合については、示談交渉であろうが損害賠償請求訴訟であろうが、「無料である」と思われがちです。

しかし、実際にはそうとは限らない法律事務所もあります。

ホームページ上で確認できるものだけでも、

「訴訟提起の場合には手数料10万円を加算します」。

との記載があるケースが多くみられます。

つまり、示談交渉が決裂したために損害賠償請求訴訟を提起した場合には、着手金は無料であると考えられますが、事件終了後に「20万円+受領額の10%」の成功報酬とは別に

手数料として10万円が加算

となる場合があるのです。

検討結果

以上の結果を表にまとめると、以下のとおりとなります。

旧規定 着手金無料
着手金 経済的利益=「請求額」 経済的利益=「増額分」  0円
21万円 16万円
着手金追加分 15万7500円 12万円
成功報酬 経済的利益=「受領額」 経済的利益=「増額分」 経済的利益=「受領額」 経済的利益=「増額分」  20万円+受領額の10%  20万円+受領額の10%+訴訟手数料10万円  20万円+増額分の20%  20万円+増額分の20%+訴訟手数料10万円
42万円 32万円 42万円 32万円  65万円  75万円  80万円  90万円
合計  78万7500円  68万7500円  70万円  60万円  65万円  75万円 80万円 90万円

この表をごらんいただければわかるとおり、

「着手金無料」の場合であっても訴訟手数料を負担する場合には結果的に弁護士費用の合計額は高くなる

といえます。

この結果をどのように考えるべきか

以上のとおり比較検討すると、旧規定の場合と「着手金無料」の場合とでは、弁護士に対する依頼内容や解決に至るまでの経過によって、「どちらの方が得か」という結論が異なることになるということがおわかりいただけたと思います。

このようにいうと、

「結果的に着手金無料の場合の方が高くつくような事案を設定しているからだ。」

とのお叱りを受けるかもしれません。

このような指摘は間違いではありません。

実際、事案の設定の仕方次第で、旧規定の場合の方が高くつくケースもあり得るのです。

ただ、私が本当に伝えたいことは、旧規定と着手金無料とではどっちが得でどっちが損かということではありません。

「旧規定の場合と着手金無料の場合とではどちらが得か損かなどということを一概に決めることはできず、結局はケースバイケースでしかない。」

ということなのです。

最初にいったように、私は交通事故の示談交渉などを弁護士に依頼する際には、

「弁護士費用がいくらかかるかで決めるべきではない。」

と思っています。

「着手金無料」という表記をみて、

「この弁護士に依頼すれば費用が安くてすむ。」

と思って依頼したとしても、

結果的には旧規定の弁護士に依頼していた方が費用は安上がりだった

ということは十分にありえるのです。

たしかに弁護士に対して支払うべき費用がどのくらいかかるのかは被害者にとって重大な関心事だと思います。

しかし、弁護士に対する費用だけを重視するのではなく、交通事故に対する知識や経験などの弁護士としての資質も念頭に入れるべきなのです。

「着手金無料」の考え方を旧規定に当てはめることも可能

最後に、お伝えしておきたいことがあります。

交通事故の案件について「着手金無料」としているのは、交通事故の被害者が弁護士に支払うべき初期費用を0円とすることにより、交通事故の被害者が弁護士に依頼しやすいようにするためです。

この考え方の根底には、交通事故の被害者の救済を図るという目的があり、そういう点では大いに評価されるべきであると思います。

しかし、被害者の救済という点については、旧規定の場合でも実は対応は可能です。

「着手金の分割払いや全額後払いでも可能」という方法です。

先ほど検討したように、「着手金無料」の場合と旧規定の場合では、弁護士に対して支払う金額には大差はありません。

そうすると、実は「着手金無料」というのは、

「着手金相当額については事件終了後に成功報酬と一緒に支払う」

という着手金完全後払いを意味しているのです。

そうであれば、旧規定の場合であっても、着手金を完全後払いとするのであれば、実態は「着手金無料」と同じことになるのです。

したがって、あなたが交通事故の示談交渉や損害賠償請求訴訟を依頼しようと考えている弁護士が旧規定と同様の報酬規程であった場合に、

「着手金については事件終了後の成功報酬と一緒に全額後払いにしてほしい。」

と尋ねてみてください。

弁護士があなたの申し出に同意すれば、依頼する時点で弁護士に対する費用はかからないことになります。

交通事故の被害者から依頼を受ける弁護士は、被害者の救済を図るという目的をもって活動しているという点ではみな同じです。

支払方法についても気兼ねなくご相談していただければと思います。

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