認知症と診断された人が作成した遺言は無効か

相続に関するご相談を受けていると

「父(または母)が遺言書を作成していたが、父(または母)は認知症と診断されていた。だから、その遺言書は無効なのではないか?」

という質問を受けることがあります。

認知症という言葉を聞くと「物事の判断ができない状態になっている」というイメージがあり、そのような状態で遺言書を作成したとしても「内容がわかっていないのだから無効なはずだ」というように考えるのだと思います。

そのため、実際に訴訟でも

「認知症患者により作成された遺言書であるから無効である」

と主張され、争いになることがあります。

結論からいうと、

「認知症患者により作成された遺言書は、有効である場合もあれば無効である場合もある」

ということになるのですが、この点について解説してみたいと思います。

遺言能力とは何か

まず、この点について説明するためには、「遺言能力とは何か」という点を理解する必要があります。

遺言能力とは、「遺言の内容を理解し判断する能力」をいいます。

この遺言能力に関連しては次のような規定があります。

年齢制限

民法第961条は

「15歳に達した者は、遺言をすることができる。」

と規定しています。

つまり、14歳未満の者が遺言をしたとしても、遺言能力がないものとして無効となります。

成年被後見人の遺言

第973条第1項は

「成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師2人以上の立会いがなければならない。」

と規定しています。

この規定は、成年被後見人であっても事理を弁識する能力が一時的に回復した場合は遺言をすることができること、この場合には事理を弁識する能力が回復していることを確認する必要があるため、複数の医師の立ち会いが必要であることを定めています。

そして、同条第2項は

「遺言に立ち会った医師は、遺言者が遺言をする時において精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して、これに署名し、印を押さなければならない。ただし、秘密証書による遺言にあっては、その封紙にその旨の記載をし、署名し、印を押さなければならない。」

と規定しています。

これらの要件を満たしていない場合には、遺言書は無効となります。

15歳以上であり成年被後見人でなければ遺言は有効?

この2つの条項からすると、15歳以上であり、成年被後見人でない者が遺言をした場合には有効なはずです。

ところが、民法第963条は

「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。」

と規定しています。

この規定があるために「認知症だから無効である」という争いになるわけです。

「認知症=遺言能力がない」か?

認知症は医師の診断である

では、認知症患者は遺言能力がないといえるのでしょうか。

冒頭でも述べましたが、認知症というと「物事の判断ができない状態」というイメージがあります。

そのイメージから「物事の判断ができない状態なのに、相続人の1人のみを優遇するような遺言を書くはずがない」「認知症の父(母)が意味がわかっていないことを利用して自分に有利になるような遺言をさせたに違いない」と考えるようになるのです。

しかし、この点には大きな誤解があります。

実は、認知症は医師の診断であるのに対し、遺言能力は裁判所の判断であるため、必ずしも一致しないのです。

もし医師が認知症であるという診断だけで裁判所が遺言能力がないという判断をするということになると、遺言が無効であるか否かは医師が決めることになってしまいます。

また、先ほどの「成年被後見人の遺言」でも述べたように、医師2人の立ち会いがある場合には遺言ができるわけですから、認知症と診断された患者であっても、成年被後見人である場合には一定の条件を満たせば遺言ができるのに対し、成年被後見人ではない場合には遺言は無効であるというのは公平を欠くといえます。

つまり、「認知症=遺言能力がない」とはいえないのです。

認知症にも内容・程度の違いがある。

認知症にも、アルツハイマー病や脳梗塞、脳出血などの原因の違いもあれば、軽度・中等度・重度などの程度の違いもあります。

したがって、認知症と診断されたからといってすべて同じではなく、患者によってさまざまであるといえます。

つまり、認知症と診断された患者であっても、遺言の内容を理解できる人もいれば、理解できない人もいるということになります。

成年後見制度にも違いがある。

認知症には原因の違いもあれば程度の違いがあります。

それをもとにして、成年後見制度にも違いがあります。

成年後見制度には大別して「後見」「保佐」「補助」があります。

認知症の内容や程度によって、家庭裁判所は「後見」「保佐」「補助」のいずれかを判断することになります。

後見

精神上の障害によって判断能力を欠く常況にある者を保護する制度です。

家庭裁判所は本人のために成年後見人を選任し、成年後見人は本人の財産に関するすべての法律行為を本人に代わって行うことができます。

また、成年後見人または本人は、本人が自ら行った法律行為に関しては日常行為に関するものを除いて取り消すことができます。

保佐

精神上の障害によって判断能力が特に不十分な者を保護する制度です。

簡単なことであれば自分で判断できるものの、法律で定められた一定の重要な事項については援助してもらわないとできないという場合、家庭裁判所は本人のために保佐人を選任し、さらに、保佐人に対して当事者が申し立てた特定の法律行為について代理権を与えることができます。

保佐人または本人は本人が自ら行った重要な法律行為に関しては取り消すことができます。

補助

精神上の障害によって判断能力が不十分な者を保護する制度です。

大体のことは自分で判断できるが、難しい事項については援助をしてもらわないとできないという場合、家庭裁判所は本人のために補助人を選任し、補助人には当事者が申し立てた特定の法律行為について代理権または同意権(取消権)を与えることができます。

後見の場合には医師2人以上の立ち会いが必要。では保佐・補助の場合は?

先ほども述べたように、成年被後見人の場合には医師2人以上の立ち会いが必要ですが、保佐・補助については医師の立ち会いは不要です。

つまり、認知症患者であっても、程度によっては医師の立ち会いがなくても遺言ができるケース(保佐・補助)と、医師2人以上の立ち会いがなければ遺言ができないというケース(後見)もあるということです。

このことを言い換えると、重度の認知症患者であり成年後見人が選任されているような場合であっても、要件を満たしていれば遺言は有効となるケースもあるということになります。

どのような場合に遺言が無効になるのか

以上のように、「認知症=遺言能力がない」という関係にはありません。

しかし、実際に認知症患者の遺言が無効になるケースは存在します。

そこで、裁判所がどのような基準で判断しているかについて説明します。

遺言時における遺言者の精神上の障害の存否、内容及び程度

まず、遺言者の認知症の内容や程度がどのようなものであるかを検討することになります。

特に、認知症による遺言能力の有無について判断するにあたっては、裁判所は長谷川式簡易スケールを重視している傾向があります。

長谷川式簡易スケールによれば、

20~30点 異常なし
16~19点 認知症の疑いあり
11~15点 中程度の認知症
5~10点 やや高度の認知症
0~4点 高度の認知症

とされています。

認知症患者の遺言能力に関する裁判例では、「〇〇点だから遺言能力あり」「〇点しかないから遺言能力なし」と判断しているわけではありませんが、1つの目安として、15点以下の場合には遺言能力に疑いがあり、10点以下であれば遺言能力がないと判断されているケースが多いと見受けられます。

この長谷川式簡易スケールの他にも、裁判所は、医療記録、看護記録、介護記録及びそれらを作成した者らの供述などから、遺言者の遺言書作成当時の行動などを把握して、遺言能力の有無を判断しています。

遺言内容の複雑性

この点は、上記の「遺言者の精神上の障害の存否、内容及び程度」とも関連しています。

例えば、「全財産を〇〇に相続させる。」などという遺言や、遺産の種類が少ないなど遺言の内容が多岐にわたらないような遺言であった場合には、判断能力が低下しているという場合であっても、遺言者はその内容を認識できているといえます。

これに対して、相続分の割合を細かく指定した遺言や、遺産の種類が多くその分配方法が多岐にわたっているような遺言の場合には、たとえ判断能力が一定程度認められるとしても、遺言者がその内容を認識できているとは限らないと考えられます。

遺言の動機・理由、遺言者と相続人又は受遺者との人的関係・交際状況、遺言に至る経緯等

例えば、身の回りの世話をしてくれている相続人を差しおいて仲違いしていた相続人に全財産を相続させる旨の遺言をしている場合や、相続人がいるにもかかわらず相続権の全くない第三者に全財産を遺贈するという遺言をしている場合には、なぜそのような遺言をすることになったのかという動機や遺言に至る経緯に疑問があるといえます。

最終的には総合判断

裁判所は、以上のような点を総合的に考慮して遺言能力の有無を判断することになります。

認知症患者の遺言が有効となるために注意するべきこと

このように、認知症患者の遺言については、遺言能力があるものとして有効と判断されるものもあれば、遺言能力がないものとして無効と判断されるものもあります。

もっとも、認知症患者であるとはいえ、自分の最後の意思を残したいと考えるのはごく自然なことですし、それが「遺言能力がない」という理由で無効とされるのは残念なことであるといえます。

そこで、認知症患者の遺言が有効であると判断されるように、遺言書の作成の際に注意しておくべきことがあります。

医師の診断を受ける

遺言能力の有無は裁判所による法的判断で決めるものですが、裁判所は医師による診断を参考にしています。

特に、長谷川式簡易スケールの数値については、遺言作成当時の認知症の有無や程度の判断材料として重要視する傾向にあります。

そこで、遺言書を作成するにあたっては、医師の診断、とりわけ長谷川式簡易スケールの検査を受けておき、その数値が高く判断能力に問題がないことを記録として残しておくべきだと考えられます。

公正証書遺言を作成する

遺言書には自筆証書遺言・公正証書遺言・秘密証書遺言がありますが、秘密証書遺言についてはほとんど利用されていません。

また、自筆証書遺言については、遺言者本人により作成されるものであり、他に遺言能力について確認している者がいるわけではありません。

したがって、認知症患者が自筆証書遺言を作成している場合には、必ずといっていいほど、遺言能力が争われてしまうことになります。

これに対し、公正証書遺言の場合には公証人に対する口授により作成されることになりますが、公証人が遺言能力に疑いがあると判断した場合には医師の診断書を提出するよう求め、場合によっては公正証書遺言を作成しないということもあります。

「公正証書遺言を作成できたのだから遺言能力には問題がない」ということではありませんが、公証人による確認は行われているという意味では、自筆証書遺言に比べると遺言能力について争われないケースが多いと考えられます。

最後に

以上のように、認知症患者による遺言であっても、必ずしも無効であるとは限らず、その判断はケースバイケースといえます。

遺言が自筆証書遺言であるか公正証書遺言であるかにかかわらず、遺言者が認知症であると診断を受けたことがあるという場合には、その有効・無効について争う余地があるか否かについて、専門家である弁護士に相談することをお勧めいたします。

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