私が弁護士になるまで①

友人・知人に限らず、依頼者からも「なぜ弁護士になろうと思ったのですか?」という質問を受けることがあります。

高校時代の同級生や先輩・後輩も、何らかの機会で私が弁護士になったことを知ったとき、ほぼ100%の確率で「あの岩熊が?」と思ったことでしょう。

そのように思われたとしても、何も不思議ではありません。

なぜなら、私自身が弁護士になろうと思ったのは、高校を卒業してしばらく経ってからのことだからです。

私は、小学校に入学した時から野球を始めました。

当時の夢は、野球少年であれば誰もが抱くであろう「プロ野球選手」でした。

小学校・中学校と野球に没頭していましたので、勉強はほとんどやっていませんでした。

このように言ってしまうと顰蹙を買ってしまうかもしれませんが、それでも勉強の成績は良い方でした。

正直なところ、勉強で苦労したことはありませんでしたし、野球でも地元の筑豊地区では名前が知られていました。

今にして思えば、当時の私は「井の中の蛙、大海を知らず」でした。

そのような野球漬けの毎日を送っていた中学2年生の夏、少年野球時代のライバルチームの選手(後の東筑高校の野球部先輩)の親御さんから「東筑高校で野球しないか」と誘っていただきました。

当時の私は、正直言って、東筑高校という名前も存在も知りませんでした。

進学については地元の高校に進学するだろうという漠然とした気持ちしかありませんでした。

もっとも、その後に東筑高校野球部の練習を見学させていただき、甲子園を目指して練習する先輩方の姿を目の当たりにして、「僕もこの高校に来て、甲子園に行きたい!!」と強く思ったことを今でも覚えています。

そうして東筑高校に進学し、野球部に入部しました。

野球部では苦しいことやつらいこともありましたが、その反面、うれしいことも楽しいことも多く、たくさんの仲間もできました。

高校の同級生からも応援していただきました。

甲子園を目指して頑張りましたが、残念ながら甲子園に出場することはできませんでした。

それでも東筑高校での3年間は私にとっての財産です。

さて、勉強の方ですが、この点については東筑高校に入学したときに衝撃を受けました。

同級生の中にはすでに「東大」とか「早稲田」とか「将来は医者になる」とか、筑豊の片田舎では聞いたこともない言葉が会話の中で飛び交っているのです。

ただ、当時の私の頭の中は「甲子園!!」でしたので、そのような会話をする同級生を見ても「すごいね」くらいしか思っていませんでした。

成績にしても下から探した方が早いという状況でした。

高校3年夏の予選が終わり、いよいよ受験勉強に突入しようとした時、ある問題に気づきました。

「勉強って、どうやるの?」

ここから、私の苦難の道が始まります。

そして、この「苦難の道」こそが、私の弁護士としての原点でもあります。

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