弁護士生活16年目を終えて

私が弁護士登録をしたのが平成12年10月ということで、本日をもって弁護士生活が満16年となりました。

今日まで長かったようで、あっという間に過ぎ去ってしまったような、そんな気がしています。

節目となる9月末日を終えるたびに、2人からの言葉を思い出します。

私は平成10年11月に司法試験に合格し、平成11年4月から司法修習生として研修を受けることになりました。

私の実務修習先は和歌山でした。

当時の和歌山はあの「カレー事件」の公判が行われているころでした。

司法修習生は同期で8人しかいなかったこともあり、指導担当の弁護士だけでなく、和歌山市内の弁護士全員からいろいろとお世話になっておりました。

私は、修習終了後の進路は弁護士しか考えていませんでしたので、その意味では悩むことはありませんでしたが、どこで弁護士登録をするかについては迷っていました。

というのも、司法試験の受験生だった当時、私は大学時代を過ごした大阪で弁護士登録をするであろうと、漠然と考えていました。

しかし、司法試験に合格し、司法修習生となって2か月後の平成11年6月に父が他界しました。

それを機に、「大阪にとどまるか、福岡に帰るか。」と考えるようになりました。

実務修習が始まり、当初は大阪の法律事務所をいくつか訪問させていただいたりして大阪で弁護士登録をすることも考えていたのですが、自分が弁護士としてやりたい仕事、自分が理想とする弁護士像とは異なる現実を目の当たりにして、「やはり福岡に帰ろう。」と決意しました。

そうして、福岡での就職先を探していたところ、和歌山の弁護士が「うちで働かないか?」と誘っていただきました。

その弁護士は私の指導担当ではなく、他の司法修習生の指導担当だったのですが、なぜか私を誘っていただいたのです。

私は「申し訳ありませんが、今は福岡での登録を考えていますので。」とお断りしたのですが、その弁護士は「いいや、和歌山の方が絶対いい。」「福岡でもらう給料より多く出す。」「お前は和歌山に残れ。」など、熱心に誘っていただきました。

結局、私は現事務所に入所することが決まったのですが、それでもその弁護士は「福岡ではいくらもらうんだ?それよりも出すから残れ。」などと言って熱心に誘ってくださいました。

和歌山での実務修習を終え、司法研修所での後期修習のために和光市(埼玉県)に戻ることになった時、その弁護士から、今でも忘れられない言葉をかけていただきました。

「君は福岡を離れて何年も経つし、実務修習も福岡でやっていないから時間がかかるだろうが、福岡で弁護士になっても十分にやっていける。依頼者からの受けもいいだろう。だからこそ、『真剣にやれ、でも深刻にはなるな』という言葉を送る。これだけは忘れるなよ。」

その言葉をいただいてから16年以上が経過したことになります。

弁護士に登録した当初は、いわば無我夢中で、一生懸命依頼者のために自分なりにではありますが頑張ってきました。

上手くいったこともあれば、結果が伴わなかったこともあります。

しかし、1つ1つの事件に真剣に向き合えば向き合うほど、

「もっとこうしなければいけない。」

とか

「もっと良い結果を得るためにはどうしたらいいだろうか。」

などと考えるようになりました。

そうやって考え込み、悩めば悩むほど事件を抱え込んでしまいます。

そして、そのことが他の事件の依頼者に悪影響を及ぼしてしまい、また抱え込んでしまうという日々を送るようになりました。

そうしたとき、

「そうか、あの時、あの弁護士が言った『真剣にやれ、でも深刻にはなるな』というのは、こういうことだったのか」

と気づかされます。

おそらく、和歌山の弁護士も同じような経験をされ、同じような思いをされていたからこそ、私にかけていただいた忠告だったのでしょう。

でも、この忠告があったおかげで、私は自分が深刻な状況に追い込まれていることを知ることができ、頭の中と気持ちとをリセットすることができます。

ただ、どのような依頼者からの事件であれ、同じように真剣に向き合えば向き合うほど、次第に深刻な状況になっていきます。

「真剣にやれ、でも深刻にはなるな」というのは、まさに「言うは易し行うは難し」で、未だに実現はできません。

もう1人からの忘れられない言葉は、亡き父からの言葉です。

平成10年4月、司法試験の短答式試験が行われる前月に実家から電話がありました。

その内容は「お父さんが末期のガンで、余命2か月と宣告された。」というものでした。

それを聞いて私も言葉を失い、このまま試験を受けていていいのか、福岡に帰った方がいいのではないかと考えました。

しかし、母からは「お父さんには告知していないから、あなたはこのまま大阪に残って試験を受けなさい。」と言われ、私も「絶対に今年合格する。」と決意しました。

その後、母から父にガンであることを告知したとのことですが、父はそのことに気付いていたそうです。

父は担当医に「息子が弁護士になるっていって司法試験を受けているから、今ここで死ぬわけにはいかんのですよ。」と言ったそうです。

担当医は「そうでしたか。それなら弁護士になるまでお父さんも頑張りましょう。」と言ってくださったそうです。

こうして、私は平成10年11月に司法試験に合格し、そのことを父に報告しました。

すると、父からは「おめでとう」とは言ってもらえず、次のようにいわれました。

「そうか。でも司法試験に合格することがゴールではない。弁護士になることもゴールではない。弁護士になってからが本当のスタートだぞ。」

基本的に、私は父から褒められたことはありません。

嬉しそうな顔はしてくれますが、言葉にしてもらうことは決してありませんでした。

必ず「その後が大事だ。」ということを言われます。

ですから、「おめでとう」と言われることがないこともわかっていましたし、私自身も父と同じことを考えていました。

私も「わかっています。」とだけ答えました。

弁護士登録して満16年が経過し、明日からは17年目の弁護士生活がスタートしますが、あくまでも「スタート」にすぎません。

ゴールはまだまだ見えませんが、見てもいません。

ただただ前を向いて、依頼者のために真剣に取り組むのみ、だと思っています。

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